オオヤマクイジンジャ |
神社コード |
大山咋神社 |
6316094/兼務 |
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所在地 |
671-1105
姫路市広畑区則直412 |
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電話番号 |
079-236-0853(廣畑天満宮) |
HP |
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通称名 |
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例祭日 |
10月体育の日の前の土曜日 |
例祭の
通称 |
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交通公共 |
◆JR「はりま勝原駅」下車、北東へ徒歩約10分 |
交通・車 |
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駐車場 |
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主祭神 |
大山咋神 オオヤマクイノカミ |
配祀神 |
【 】 |
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祭記事 |
町内の練りと近隣との町練り合わせ |
由 緒 |
大山咋神社は、遠くさかのぼり、村上天皇の康保元年(964)に性空上人が修道の為、筑紫国より東上の際に浄地を当村に求めて社殿を建立し近江国坂本村の日吉神社より大山咋命の分霊を御勧請して鎮祭したものである。そもそも祭神の大山咋命は神代の時代に大己貴命の大業を補佐し、国土を経営されたので建国の神として崇められた。後、花園天皇の永享6年(1434)当地の城主・赤松氏は深く崇敬し社殿を改修したが、7年後兵火を蒙り焼失、更に井上出雲守通忠により再建された。
このような経過を経ながら、則直の氏神様として村民を挙げて崇敬し、特に農民、商人には尊敬されてきた。その後、明治13年(1880)には本殿が再建されたが、第二次世界大戦に敗戦(1945)し、占領軍の方針と人々の動揺が相俟って神社の荒廃はその極に達し、昭和30年(1955)、遂にやむなく拝殿を取り除くに至った。その後、民心が平静を取り戻すと共に、敬神崇祖の念が沸々として興り、再建の気運が高まった。明治13年(1880)の本殿再建から丁度百年に当たる昭和56年(1981)、氏子により拝殿が再建され今日に至っている。 |
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