ゴシャハチマンジンジャ |
神社コード |
五社八幡神社 |
6301120/兼務 |
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所在地 |
651-1312
神戸市北区有野町有野字惣山3988-1 |
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電話番号 |
078-907-5329(有間神社) |
HP |
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通称名 |
厄神さん |
例祭日 |
9月15日 |
例祭の
通称 |
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交通公共 |
神戸電鉄「五社駅」より北北東へ300m徒歩3分 |
交通・車 |
神戸市バス五社駅上のターミナルのすぐ下 |
駐車場 |
なし |
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主祭神 |
天照皇大神 アマテラシマススメオオカミ |
配祀神 |
天兒屋根命 中筒男命 菅原道真 応神天皇 武内宿禰
【アメノコヤネノミコト ナカツツノオノミコト スガハラノミチザネ オウジンテンノウ タケシウチノスクネ 】 |
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祭記事 |
毎年1月19日の厄除祭には、地狂言や地元青年団の芝居が催されていたが、戦後からはその様な行事も跡絶え、現在は餅撒きが夕方に行なわれ賑わっている。 |
由 緒 |
創建年不詳。元弘元年(1331)、赤松則村が挙兵し、兵庫の摩耶山に本拠を構えた時、北方の備えに、当社の背山に支城を築き、荒廃した社殿を再建し戦勝を祈願したと伝えられる。
天正年間(1573〜)、三木城主別所氏の家臣小野三郎義晴が切畑城を築き、当社境内に居館を設けていたが、羽柴秀吉軍の三木攻めの時、兵火により社殿を焼失した。その際、義晴は御神体に兵火がかかるのを免れる為、背後の谷間に埋めた。その後、村民が御神体を掘りおこし社殿を再建して奉安したと伝えられるが、その年月は不明。
昭和59年(1984)5月、放火で社殿は全焼したが、翌60年(1985)に再建した。新社殿は今後の火災を恐れ、鉄筋コンクリート造りとし、大きさは約30平方メートル、屋根は桧の枠組みに銅板葺きとした。
以前の社殿は、横長の鞘堂内に一間社流造の社殿が五社並んでいた。昭和55年(1980)に文化庁の調査が行なわれ、社殿が室町時代の作とみられ、国の重要文化財に指定するかどうか審議中に放火で全焼した。五社の地名も、この「五社並祀」の当社があることから名付けられたといわれる。 |
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